空想訪問ルポ「新開新しい村はこんなところ」

 青木掘りの橋を渡り新開地区に入って少し行くと、大きな瓦屋根の古い建物とそれに連なる家並みが見えてきます。豊かな緑の中に重なり合う屋根が、集落らしさを感じさせます。大道りから一筋北に入り、駐車場に車を停めました。このあたりに多い梅の果樹園のようにも見えますが、うまく車が置けるようになっているのです。

 申し遅れました。私は50歳男性です。東京のあるコンピュータソフト会社に25年勤めているサラリーマンです。仕事が忙しく、朝から夜おそくまで仕事漬けの生活を送っています。家族とは年に一、二度観光地へ旅行に出かけそれなりに生活を楽しんでいます。ですが旅行から帰ってきても心からリフレッシュしていない自分を感じていました。それが何なのかはいまだにわからないままです。この地を訪問するきっかけは、今年、会社からリフレッシュ休暇を頂いた事です。今までだと家族と一緒に観光地に旅行に行くのですが、今回は「リフレッシュ」の言葉になぜか引っかかりまして、少し真剣に考えてみる気持ちになりました。早速古い友人に相談したところ、彼も長い間同じ悩みをもっていたことを知りました。少し安心しましたね。彼の経験談によると、記憶にも残らないくらい小さなきっかけで、東北のとある小さな町の小さな集落を知る事となり、何かに引き寄せられるように訪問したそうです。一泊の予定が一週間そこに滞在したそうです。「何もしない事が許される村だ」と謎めいた言葉を残し、娘の誕生日を家族全員で祝うために帰ってしまいました。残された私は、それは気になって仕方がなかったですよ。それで意を決して一週間の予定で訪問する事にしました。

 駐車場から車道を挟んだところに丘があります。「ラベンダーの丘です」登ってみると、遠くに白石川が見えてきました。集落のほうを見渡してみると、この新開にもいろいろな水辺があることにも気がつきました。丘を駆け下りると大きな「広場」があります。新開の真中近くにあり、集会場にも近いので地域のお祭りや運動会にも使われますが、こんな普通の日にも遊びに来ている親子や、散歩を楽しむ若いカップルの姿も見られます。ここではごく自然に町と村の生活が重なり合っているようです。
 「広場」の北側の、大きな瓦屋根の建物は「交流センター」です。近くの廃校を数年前に移築したそうです。新開地区全体の集会や、生産物の集配などにふだんから使われていますが、ここを訪れた人々のための宿泊施設兼ビジターセンターにもなっています。地域の人と訪れた人が自然に出合うようになっているのです。ここは地域の情報センターとしての役割もあります。白石川の恵み、このあたりの雑木林の自然、水田の環境を作ってきた暮らしの文化と生き物たち、堤集落に伝わる神楽踊りの伝承など、地域の自然や文化を知る事が出来るのです。ちょっと勉強して表に出たら、庭の一角で新鮮な野菜が売られていました。無人販売所でしたがちゃんとお金を箱の中に入れて買いました。
 交流センターに隣接して小型のコテージ付きのクラインガルテンがあります。その西側は20,000u程のブルーベリーガーデンが広がっています。ここの人々には、都市に生活の本拠を構えながらこの新開での田園的生活を楽しんでいる人が多いようです。仙台や福島などから、休みが取れれば長期滞在、そうでないときは週末、日帰りでやって来たりと、色々と変化のある暮らしを楽しんでいるようです。集落内の「貸し農園」を借りて野菜つくりやガーデニングを楽しんでいる人もいます。そこでは集落の人との交流がごく自然に行われています。またクラインガルデンを使用している人々は、都市からのビジターと集落の人々を繋ぐ役割も果たしているようです。近い将来、村に移り住む人もありそうです。

 それではさらに中に入っていく事にしましょう。 集落の外側の幹線道路沿いには、ゆるやかに家が並んで集落の顔を成していました。15戸ほどの家々が古い屋敷林を構え、道路沿いは個性あるが調和のとれた気持ちのよい垣根で整えてありました。「ラベンダーの丘」に続く裏側は、思いのほかオープンな印象で、競うように彩られた庭や、手入れの行き届いた農園、果樹園、屋敷林などが一体になって、気持ちの良い空間を創り出しています。自分の庭でガーデニンぐを楽しむ人と貸し農園で野菜作りに励む人が、低い垣根をはさんで談笑しているのが見えます。園芸のコツを開陳しあっているのでしょうか。どの垣根も、しつらえは様々ですが、高さは押さえられ、開放性の高いつくりになっています。建物もどれもそれぞれ個性的ですが、いたずらに調和を乱すものはありません。この地域の環境を愛する人々の創意がこの空間を創り出しているのです。

 集落の中の、農園、庭、果樹園、貸し農園、ラベンダーの丘などのオープンスペースは、「仕事道」と呼ばれる小道でネットワークされています。この小道は、畑仕事の人々が行き交う、いわばあぜ道ですが、この集落の中のいろいろな緑と水辺をつないでいるものであり、この地域の環境を知る散歩道としても楽しいものです。春にはこのあぜ道に沿ってスミレの花が一斉に咲き、とてもきれいだそうです。
 村の南側には、広い「かや沼」水辺が広がっています。小沼地区といい、以前はきれいに区画された田んぼだったそうです。このかや沼に注ぐ小さな水路は、所々に木を植え、川底には小石や砂を入れることで、夏には蛍の飛び交う魅力的な空間になったそうです。当時は水質も相当悪かったそうで、籾殻を焼いて造った「薫炭」で浄化しているそうです。今では薫タンで浄化され、アシの群落は、水質をきれいに保ち、生き物たちに住かを与えています。この村にめずらしいトンボが多いのもこの沼のおかげです。この一帯は子供たちの格好の遊び場となっています。夢中になって何かを捕まえていました。
 村の北側には、雑木林を利用した鶏の採卵スペースが20,000u程あります。ここは地域内循環構造の象徴となっているところです。農産物を生産すると様々な廃棄物が出てきます。それを鶏のえさにしたり、糞から有機肥料を作るための原料にしたりします。鶏も大規模養鶏場の廃鶏を雑木林の中でのびのび育てています。だから卵が違います。黄身も白身も盛りあがっていてじつに硬いのです。箸で持ち上がりますと言ったら大袈裟でしょうか。日曜ともなるとこの卵を拾いに多くの人が訪れます。もちろん有料ですから、鶏を育てている老人会にとっては貴重な収入源です。最近この卵を使用した「卵専門レストラン」が出来ました。大手のホテルをリストラされたフランス料理のシェフが、ここの卵の味にほれ込んでの事です。料理に使う野菜はもちろんここで生産された有機野菜です。肉は雑木林を駆け回って筋肉の引き締まった、健康な鶏肉です。このレストランの隣にお菓子の工房が出来る事になっています。健康な卵から出来たケーキはさぞかしおいしいのではと今から楽しみです。
 集落の両端にある「かや沼」「ラベンダーの丘」「交流センター」「ブルーベリーガーデン」「林間卵拾いパーク」のつながりは、集落の人々をつなぎ、世代をつなぎ、そして人と自然をつなぎ合せるものなのです。
あなたもこんな村に暮らしてみたいと思いませんか?