ラベンダーガーデン物語(1)

1999年10月29日(土)


ガーデン予定地の地権者8名と4回目の打ち合わせ会を、半年振りに実施した。
予定地の地権者は14名、欠席者は6名、延べ26000uの畑を借りる説明会である。欠席されたのにはそれなりの理由があると思われ、前途多難な予感。考えてみれば、この計画は今から10年ほど前に町に提案したときから、苦難続きであった訳であるから、何をいまさらと言う気がしない訳でもない。
昨年の10月に第一回の会議を設けた。その時はこの企画の性格上、農業法人を設立して、事業にあたると考え、町及び県の関係者と数回の会議を設けた。知らない事とはいえ1回の会議を開くのに1ヶ月を要したのには驚いた。これも勉強?と思いあきらめた。その間追い風も吹いた。議会の一般質問で首長が全面的に支援したいと答弁したそうだ。これはチャンスと思った途端、行政との会議は雲行きが怪しくなってきた。「絶対成功する計画でなければ認められない」と主張し始まったのである。許可事業でもないのに。いったい何を考えているのでしょうね、一緒に想像してください。そんなこんなで半年が過ぎてしまった。勉強だったのか無駄だったのか。で結論から言えば、農業法人設立は頓挫してしまった。諦めきれず、それでは個人ならどうなのか、と質問したら、いとも簡単に「いいよ」とは、全身の力が抜けてしまった。
後日談であるが、その担当者いわく、「成功したら農業法人にしましょうね」とは……返答に困ってしまった。
オジサンを困らせて何か面白い事でもあるのですかね。

予定地を南側から見た全景。手前が田んぼ。
ちょうど楕円形のおわんを伏せたような、緩やかな丘である。

北側から丘の下から見上げた写真。
昔は畑だったらしいが、今はご覧のとおり。うっそうと繁り藪化している。ここでラベンダーの畑を…実に不安である。何もラベンダーなど植えなくとも里山の風景としてとても素晴らしいのに、今になって後悔している。ここも何れ原野化するか、宅地化する運命なのかと思うと、とても残念な気がする。本当に必要なものがここにあるのに、現地では価値がなくなり、省みる人さえ少なくなりつつある。またこの地は全て遺跡に指定されているとの事、このことも計画の遅れの原因であったのだが、先行きが不安でもあり、またこの先どんな展開になるのか想像もつかない楽しみもある。
11月13日に賃貸契約をする事で、その日の会合は無事終わった。その時どうゆうリポートが書けるか今から楽しみである。